母は、青春期が戦争まっただ中を、
6人兄弟の長女として過ごした。
さぞかし、母親のサブとして弟妹の面倒を
みただろう状況が自然と思い浮かぶが、
いまだに法事等の時には、
“ねーちゃんは、昔からわがままやったもんねー。”
と70歳〜80歳台の弟たちから言われている。
いわば、わがままの先駆者 パイオニアである。
そして、日曜日、ほぼ 私は母の奴隷と化す。
大体、午前中は、南関の地元の農家の人たちが
経営する“やさい畑”に野菜を買いに連れて行かされる。
大根、白菜、里芋、ミカン 重いやつをたくさん持たせられる。
← ココ
帰りの上内峠を通過する際は、毎回、“昔、この辺で
最終バスに若い女性の幽霊が出た!”という
話を聞かされる。その後、
“いや今時、幽霊とかおらん。”⇒“じゃあれは?”
⇒“山の中だから狸がばけたのでは?”と
ホラー系の話からまさかの日本昔話系に
急旋回・・・。
☆ 母 説 ☆
←最終バスで忽然と消える謎の
女性乗客の正体・・・。
フツーに聞き入っていた数分の時間を返してくれ!と
言いたくなる。
そして、コスモス薬品・マルキョウ・マルショク・ナフコなど
散々、引きずり回された後、、必ず、うどん屋に
連れて行かされる。
食べ終わり、店を出て私の後ろ姿を見て
“最近、太ったね!会社辞めて女相撲取りになるたい!!”
と無邪気に笑う・・・。
毎週、私は、母から解放された後、部屋に閉じこもり、
DVDを見て気を静めている。 事務G 木下